大阪地方裁判所 昭和51年(ヨ)1187号 決定 1976年10月05日
申請人 ナシヨナル・フツトボール・リーグ・プロパテイーズ・インコーポレーテツド 外一名
被申請人 丸竹商事株式会社
主文
一、被申請人は、別紙一の図面ならびに説明書に示すロツカーを販売してはならない。
二、被申請人の右ロツカーに対する占有を解いて、その組立枠からビニール製シートを分離し、右シートの保管を裁判所執行官に命ずる。
三、訴訟費用は被申請人の負担とする。
理由
一、疎甲第一号証の一、二、同第三、二〇号証によると、つぎの事実が疎明される。
(一) 申請人ナシヨナル・フツトボール・リーグ・プロパテイーズ・インコーポレーテツド(NFLPという)は、一九六三年二月二〇日付定款により設立されたカリフオルニア法人で、ナシヨナル・フツトボール・リーグ(NFLという)という名で知られている組織に加盟しているアメリカのプロフツトボールチーム(クラブ)が、それぞれ自分のフランチヤイズの都市の名を伴つたクラブ名とフツトボールのヘルメツトを型どつたシンボルからなる別紙二に示すシンボルマーク(本件シンボルマークという)について有する権利を取得し、その商業的利用をなすことを目的として設立されたもので、同時に右商業的利用を第三者に許諾すると共にその管理をする権限が与えられている。
(二) NFLに加盟しているクラブはアメリカ合衆国の州の法律により設立された法人で、現在の数は二八である。
(三) NFLPは、アメリカにおいて、本件シンボルマークを、繊維関係、シーツ、カーテン、文具、ゲーム類、アクセサリー、時計、雑貨など各種商品に付し、年間三〇〇億円にも達する商品化事業を営んでいると報ぜられている。
(四) 本件シンボルマークは、アメリカでは、フツトボールのゲームのためだけではなく、NFLPから特に承認された優れた品質の商品を保証するとの意味を持つに至つており、それらの製造業者は、NFLPにより制定された厳格なる品質管理基準と手続のもとに商品に本件シンボルマークを付すことが認められているのであり、本件シンボルマークは、NFL加盟チームとこれが行なう競技と一体に考えられていて両者を表徴するものとされている。
二、疎甲第八、一二ないし一四、二〇、四八ないし五一、六六、九五号証などによると、つぎの事実が疎明される。
(一) アメリカでは、フツトボールの歴史は古く、国技とも言われて非常に愛好されており、最初のフツトボール試合は一八六九年一一月六日、ニユーブラウンズウイツクで、ラトガース大学とプリンストン大学との間で行われたとされており、その後ルールなどが幾たびか変更され、そのプロチームが組織されたのが一九二〇年で、アメリカン・プロフエツシヨナル・フツトボール・アソシエーシヨン(APFA)が発足、これがNFLの前身といわれている。一九二六年にアメリカン・フツトボール・リーグ(AFL)が発足したが一年で解散、その後また発足と解散を重ね、一九六〇年に組織されたAFLは一九七〇年にNFLと合併し、現在二八のチームからなるNFLは半数づつ、アメリカン・フツトボール・コンフエレンス(AFC)とナシヨナル・フツトボール・コンフエレンス(NFC)とに分れており、そのスポーツに対する人気は益々高まり、その愛好者が増えつつあつて、現在アメリカでは、一〇代の若者を中心に約二五〇万人がフツトボールをやつている旨報ぜられている。
(二) 日本においては、約四〇年前にフツトボールが移入されたが、余り振わなかつたところ、昭和四一年に、アメリカで最も古い歴史を有するセントルイス・カージナルスとサン・デイエゴ・チヤージヤースの両チームが来日し、本場の迫力に満ちたしかもスピーデイーな試合を後楽園球場で演じて興趣を盛り上らしめ、各種新聞、雑誌など情報機関が扇動的にその競技振りならびに数万の観客の観戦模様を写真入りで大きく報道して以来、アメリカのフツトボールについての関心が急速に高まり、脚光を浴びるようになり、東京では週に四本のレギユラー番組で三時間のテレビ放映がなされ、またフツトボールの専門誌、「タツチダウン」、「アメリカンフツトボール」などが日本で刊行され、それには本件シンボルマークの写真、あるいはアメリカンフツトボール独特の防具をつけた選手の白熱的な試合の光景の写真などが大々的に登載せられていて若者の心を掻き立て、あるいはまた昭和五〇年五月頃から、渋谷パルコ、池袋西武百貨店、大阪近鉄百貨店などで、アメリカのプロフツトボールに関する催しものが行われたことなどがあつて、これらにより日本国内においても、アメリカのフツトボールならびにそのチームを表徴する本件シンボルマークについての関心度が次第に高まつて来た。
三、疎甲第四、六、一五ないし三〇、四二ないし四六、四九ないし六三、九一号証などによると、つぎの事実が疎明される。
申請人ソニー企業株式会社(以下単にソニー企業という)は、昭和四八年(一九七三年)一〇月二日付NFLPとの間の契約により、同会社に約定の金額を支払つて、日本における唯一のライセンシー(使用権者)として本件シンボルマークを特に指定された商品に商品化して事業を営む権限、ならびに第三者に有償で本件シンボルマークをサブライセンス(再使用)せしめる権限を取得したこと、右契約書には、所定の各種の報告義務、記録、商品の品質管理についての義務、再使用の場合についての詳細な取り極めがなされており、再使用許諾契約をなすときは、使用権者において、本件シンボルマークが用いられる商品の品質に関する完全なコントロールを有する条項をも含まねばならず、そのなかには、各製品の生産前に代表的見本、包装、カウンター・デイスプレー及び使用さるべき広告の代表的見本の事前承認権の付与を含まねばならないなどが規定されていること、そして、申請人ソニー企業は、かくして本件シンボルマークについて商品化権を取得するや、昭和四八年一一月一日、東京のホテルニューオータニに、NFLPの幹部、米国大使館員同席のうえ、新聞雑誌等報道関係の人、数百人を招待して、ソニー企業とNFLPとが業務提携して本件シンボルマークの商品化事業を企画することになつた旨の発表会を行い、各種業界誌などはこれを取り上げて報道し、ソニー企業においても、日経流通新聞、日本経済新聞、メンズクラブその他各種新聞雑誌に右事業につき広告をなした。
四、疎甲第六、一五ないし四〇、六五の一ないし九、三一ないし四一、九六号証によると、つぎの事実が疎明される。
昭和四九年の始めから、申請人ソニー企業は、遂次、申請人外、マルマン株式会社(以下各会社名中株式会社の語を省略する)、月星化成、内外編物、ワールドパラマウントウエアー、モツク、ワコール、ニツキー、カワケイ、ヤマトヤ、オツクスフオード広島屋、栗原帽子、友國手袋、ゼンザブロニカ工業、シテイズン商事、ピーオーピー、ツクダオリジナル、吉川、ヤマト化学工業などの各会社との間に、一業種一社を原則としこれらの会社をサブライセンシー(再使用権者)として、使用権者たるソニー企業は再使用権者に、本件シンボルマークを特に許諾した商品に使用して日本国内に限り販売などすることを許諾する旨の再使用許諾契約をなしたが、その契約書中には、許諾商品、使用料、商品の品質管理等についての約定、本件シンボルマークの使用許諾を得ていることを表示するため、使用権者において満足すべき形状及び内容を有するラベルを各許諾商品に付すべきことの約定その他の条項を含む詳細な取り極めがなされており、ソニー企業は、正当な権利者の承認された製品であることを明らかにするため、再使用権者の販売商品のすべてに、申請人両会社の商号と許諾商品である旨を英文字で表示した証紙を貼らせる取扱いをなし、再使用権者はソニー企業との約定に基づき、右商品化事業に携るものである旨各種新聞雑誌に広告すると共に、本件シンボルマークをブレザー、靴、その他約定の商品に付して展開し、販売あるいはその広告をしている。
五、以上の疎明事実によると、本件シンボルマークは、NFL加盟チーム(クラブ)の名を附記した知的創作にかかる絵画であるが、申請人らは、アメリカのフツトボールが最近日本においても大変な人気を呼び、とみに脚光を浴びて来たことを併せ考え、右スポーツ熱の上昇を背景に、本件シンボルマークの顧客吸引力という商品価置を利用し、日本においてその商品化の事業をなすことを企画し、再使用権者において本件シンボルマークを約定の商品に付して商品化事業を営んでいるものであつて、本件シンボルマークは、いわば、申請人らを軸あるいは幹とする再使用権者グループの営業表示であるというべく、且つこの事実は日本国内において広く認識せられるに至つたことが認められる。
六、ところで、被申請人が別紙一の図面ならびに説明書に示すロツカーの製造販売をなしていることは同人の認めるところである。
右ロツカーの外側に被覆されたビニール製シートに模様として用いられているヘルメツトを形どつた図型とその下に横書の英文字からなる表示は、別紙二から適宜選んだ本件シンボルマークと全く同一のものであることが認められる。
被申請人の右本件シンボルマークの使用行為は、申請人らの本件シンボルマークの商品化事業を誤認混同を生ぜしめることが明らかである。
被申請人は、本件シンボルマークの表示に対する債権者らの独占的使用権が、このマークを商標として表示しようが、意匠模様として表示しようが、その目的、場所、方法に関係なく、表示する物体も衣料品であろうと、靴、食料品、菓子、電気製品であろうと無制限であるとすれば、その内容は商標権と意匠権、更に著作権をも加えたほどの強大な権利となり、このような強大な独占権は日本の法制下においては存存する筈がない旨主張する。
しかし、申請人らは、本件シンボルマークが日本において周知であろうがなかろうが、また第三者の商品に対する本件シンボルマークの使用行為により、大衆がこれを本件シンボルマークの商品主体あるいは営業主体の営業活動となんら誤認混同する事実状態になくても、本件シンボルマークについて独占的使用権を有することを前提として本件申請をなしているものではない。
もつとも、申請人らは、本件申請において、著作権、氏名権、商品化権、パブリシテイの権利などにふれるところがあるが、それは、これらの権利に基づいて差止請求を求めているのではなく、本件シンボルマークがNFLの加盟チームの知的創作にかかるものであり、これを商品に付して市販するときは、本件シンボルマークは顧客吸引力という経済的価値があること、更に、本件シンボルマークはNFLPに加盟しているチームの人格を表徴する氏名的性格を有するものであるから、これに対するイメージが損われないよう配慮の必要があるところから、著作権、氏名権あるいは右表示を経済的に現実化する権利、すなわち最近日本において問題として提起されている、いわゆる商品化権あるいはパブリシテイの権利などにふれ、本件シンボルマークは他人の自由使用に委ねられているものではなく、法の保護に値する利益であること、並びに申請人らはその利益の帰属者から正当に使用許諾を得て本件シンボルマークの商品化事業を営んでいるものであつて、商品に付された本件シンボルマークは正に申請人らの営業活動を示す表示であることを主張しているものと理解すべきである。
七、不正競争防止法は公正な競業秩序の形成維持を目的とするものである。同法一条一項一、二号は本法施行地域内において広く認識せられている他人の商品(一号)あるいは営業(二号)たることを示す表示と同一又は類似のものを使用して、他人の商品あるいは営業上の施設又は活動と誤認混同を生ぜしめる行為を禁じ、これに違反してなされた行為につき、これにより営業上の利益を害せられる虞ある者に対し、差止請求権を認めている。つまり、ある「表示」が他人の商品あるいは営業を示すものとして国内において広く認識せられるに至るときは、その表示が著作権法による保護を受ける著作物あるいは商標登録を受けることができる標章、又は意匠登録を受けることができる意匠であるかどうかなど問うことなく、第三者が右周知表示と同一又は類似のものを用いて、他人の商品あるいは営業上の施設又は営業活動と混同せしめる行為は、法に定める除外事由に該当しない限り、禁ぜられる。これは、右の行為が営業上の自由な範囲を超え、競業秩序を破壊するものであつて、営業上の誠実な慣習に反する行為(パリ条約第十条の二(2))であることに由るものである。右混同を生ぜしめる行為について、これにより営業上の利益を害せられる虞ある者にその行為を止むべきことを請求することができる旨不正競争防止法は規定しているが、これは請求人に恰も同人が周知表示について実体法上の排他的絶対権を有するが如き利益をもたらすが、それは反射的な結果に過ぎない。もとより、同法条の救済を求めるのに、周知表示につき、著作権・商標権・意匠権など既に実定法上の絶対権を有することが要求されるわけではなく、また、同法条に規定する要件が具備することにより、商品主体あるいは営業主体に右の絶対権が発生するものでもない。
前記法条一項一、二号にいう「他人」とは、営業表示の正当な主体を意味する。表示の本来の主体が別に存存する場合でも、特定の単数又は複数のものが本来の主体から直接あるいは間接にその表示の使用許諾を得て商品化の事業を営んでいるときは、右の事業を営んでいるものが右にいう「他人」に該当すると解すべきである。
八、被申請人は、申請人側において本件シンボルマークを付したロッカーは末だ販売していないのであるから、被申請人の販売にかかるロツカーとかち合うべき商品はなく、両者が誤認混同されることはあり得ない旨主張するけれども、既に認定したところによれば、申請人側において本件シンボルマークを付したロツカーの製造販売の具体的可能性は認められるので、目下のところたとえ申請人側において右製造販売の事実がないとしても、その具体的可能性を否定することができない限り、被申請人の前記行為が申請人らの本件商品化活動と誤認される虞れありと云うべく、被申請人の右主張は理由がない。
九、既に認定したところによれば、申請人らは、被申請人の本件シンボルマークをロツカーに被覆しているビニール製シートに用いて製造販売する行為により、営業上の利益を害せられる虞があることが明らかである。
そして、もし被申請人の行為が放任せられ、これに対する差止めが遅延するときは、他に更に同種の模倣行為をなすものが相次いで現れることが予想され、かくては競業秩序が破壊されるのは勿論、申請人らならびにこれに対し対価を支払つて本件シンボルマークの商品化事業を営んでいる再実施権者は計り知れない損害を蒙ることは避けられないことが容易に予測される。
一〇、よつて、被申請人の右の行為を直ちに禁止する必要ありと認め、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 大江健次郎)
別紙一
写真<省略>
説明書
写真が示すように、米国のナシヨナル・フツトボール・リーグ加盟のアメリカン・フツトボールのプロチームのシンボルマークであるヘルメツトを図案化したものの内部に種々独自の図形ないし文字を描いたものとその下にチーム名を英語大文字で記載したものの多数個を、全面に千鳥状に配列印刷したビニール製シートをもつて、組立棚枠の正面および両側面を被覆してなる箱状の組立ロツカー
別紙二<省略>